
「こころを深く変えてもらった」聖フランシスコ 《教職員の方々向け③》
聖書には、イエスさまに出会って、新しい生き方をはじめた人々がたくさん登場します。
その人々は、自分で努力して新しい生き方をはじめたというよりも、まずイエスさまのあたたかなこころを深く感じました。そして、「あたたかなこころを分かち合うように」というイエスさまの招きに応え、新しい生き方をしました。
約800年前のアッシジの聖フランシスコは、23歳まで、イエスさまのあたたかなこころを深く感じたことがまだありませんでした。
聖フランシスコは元々、やさしいところがありました。友だちや貧しい人にお金や物をあげるときもありました。
それは、人の悲しみや苦しみを感じていたからではありません。「自分のほうがお金持ちで、すごいことができる」といった優越感に近いところがありました。
ところが、聖フランシスコにも、とても苦手なことがありました。それは、ハンセン病など重い皮膚病にかかっている人を見ることです。
当時、ハンセン病にはまだ薬がありませんでした。ひどくなると、皮膚や手足が変形します。人々は怖がり、この病気の人を町の外の療養所に隔離しました。
聖フランシスコが23歳のとき、騎士になるのをあきらめて、アッシジの町に戻ったある日のことです。
とても苦手だったハンセン病など重い皮膚病の人たちのところに、なぜか行くことができました。そして、その人たちの悲しみ、苦しみを深く感じ、やさしく接することができたのです。
なぜ、そのようにあたたかなこころに変わったのでしょう。聖フランシスコが努力したからではありません。聖フランシスコは、「神さまが自分の弱さを受けとめながら、人の痛みを深く受けとめるあたたかなこころをくださった」と思いました。
これが、聖フランシスコにとって、新しい生き方の最初の大きな一歩です。
皆さまは、園児・児童・生徒、または他の教職員の方の言動や性格に関して、苛立つときもあるかもしれません。
一方、皆さまご自身も、幼い頃は、できないことや弱い部分もあったことでしょう。今も、苦手なこと、自分の力では変えられない弱さもあるかもしれません。人間関係で難しいときもあるかもしれません。ある程度、仕方のないことです。
しかし神さまは、皆さまの悲しみ、苦しみ、弱さを誰よりも深く受けとめてくださっています。そして、多くの人や出来事を通して、皆さまを支え、あたたかなこころを伝えてくださっています。
皆さまご自身も、これまでたくさん忍耐し、園児・児童・生徒のために時間、力、こころをささげてきたでしょう。たとえあまり感謝されなくても。
そのような皆さまのことば、行いから、園児・児童・生徒にあたたかなこころが伝わっていることと思います。今は、それがあまり感じられないかもしれません。園児・児童・生徒自身も、それぞれなりに葛藤していると思います。それでも、あたたかなこころの花がいつか園児・児童・生徒のうちに咲くでしょう。そして、その花を他の方に届ける人になると思います。皆さまは、保育・教育を通してあたたかなこころの花の種を蒔く仕事をなさっています。
苦手なこと、困難、弱さもこころの中でありのままに受けとめて、「わたしには、こんな苦手なところ、難しいこと、弱さがあります」と神さまに素直におゆだねしてみましょう。神さまはやさしく受けとめてくださいます。
また、「自分にも園児・児童・生徒にも、あたたかなこころ、癒しがいっぱい広がるように」と願ってみましょう。
そして、たくさん支えられていることも思い起こしながら、園児・児童・生徒・他の教職員の気持ちや状況をありのままに受けとめ、あたたかなこころを少しずつ分かち合えたらいいな、と思います。
(聖フランシスコ年記事n.9)

