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   宗教法人カトリックコンベンツアル
   聖フランシスコ修道会
聖母の騎士社

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コルベ神父 印刷 Eメール

創設者であるコルベ神父の正式の名前はマキシミリアノ・マリア・コルベ。

コルベ神父は1894年にポーランドのズドゥニスカ・ヴォラで生まれました。

コンベンツァル聖フランシスコ修道会に入会し、大神学生時代にローマへ留学。

仲間とともに「無原罪の聖母の騎士信心会」を設立しました。

ローマで司祭叙階を受けた後、クラクフにある大神学校の教会史の教授として3年間勤めました。

1927年にはワルシャワの近くにある、テレシンの町にニエポカラノフ修道院を創立し、

「無原罪の聖母の騎士」という小冊子を発行してメディアによる宣教に力を入れました。

 

アジアでの布教活動の重要性を唱えたコルベ神父は、1930(昭和5)年2月26日にポーランドを出発。

同年3月7日、フランスのマルセイユから汽船アンジェ号に乗りました。

サイゴンを経由し日中連絡船・長崎丸で上海を出発。同年4月24日、長崎に上陸しました。

3人の宣教師は、大浦天主堂の近くに借家を見つけ、早速文書伝道の作業にとりかかり、

同年5月24日、日本活字による「聖母の騎士」第1号を1万部発行しました。

ポーランド人の宣教師達が、上陸して1か月後に日本語による聖母の騎士誌を編集発行したのです。

そののち、町はずれの山の斜面に修道院とルルドを開き、「無原罪の聖母の園」と名づけ、

フランシスカン的な清貧生活を営みながら、聖母の騎士誌の発行と学園教育に専念しました。

(現在、同敷地内に教育施設として聖母の騎士高等学校と幼稚園があります。)

1936(昭和11)年5月に長崎港から上海丸でポーランドへ帰国しましたが、やがて第2次世界大戦が勃発し、

ナチス軍に捕らえられ、アウシュヴィッツ強制収容所へ入れられました。

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ここで死刑を宣告された家族を持つ1人の父親の身代わりを進んで引き受け、
1941(昭和16)年8月14日、愛のために生命を捧げ、亡くなりました。 

1971(昭和46)年10月17日パウロ6世教皇によって福者の列に加えられました。
1982(昭和57)年10月10日バチカンにおいて、ローマ法王ヨハネ・パウロ二世からカトリック聖人に加えられました。