信仰への道-愛の決勝点 加藤一二三(聖母の騎士 昭和46年12月号) 

 私にとって昭和43年という年は非常に印象深い年でありました。まずこの年の3月に東京都調布市にある晃華学園において、マリアンハウスの落成式がありました。マリアンハウスといいますのは、主に東京で勉学する女子大生のための寮で、これはけがれなきマリア修道会の経営です。このおめでたい式典に私は、晃華学園在校生の父兄ということでお招きを受け、出席させていただきました。

 そのお恵みをいただいてからまもなく、長女が白百合学園幼稚園に通園するようになりました。妻はそこでこどもを送り迎えするうちに、宇田川さん(妻の代母となった人)という方と友だちになりました。宇田川さんはイエズス会日本管区長である林省吾神父様の姪にあたる方です。

 この宇田川さんの紹介で、妻は近くの下井草カトリック教会のマンテガッツア神父様に公教要理を教えていただくことになりました。また宗教研究としまして、白百合学園と晃華学園でいろいろと話を聞いていました。そして、その中で特に印象深かったところを食事の時などによく話してくれました。

 またこの時期に白百合学園を通じて、「聖母の騎士」誌や、「愛」「あけぼの」「カトリック生活」「家庭の友」「こどものせかい」「ひろば」「ふじかげ」などを購読するようになりました。このことは本当によかったと思います。私はそのすばらしい内容にすっかり引きつけられて、久しぶり読書の楽しさを満喫しました。それでひと通り読み終わると次の号が待ち遠しく感じられました。

 これがきっかけとなって妻がときどき買って来るカトリック関係の単行本を読みはじめました。これがまた大変迫力のある内容で、私はこの期間を通じての読書で、本物のよさをしみじみと感じました。

 そうしているうちに、現在小学5年になる長男が10月8日、晃華学園の聖堂において洗礼のお恵みをいただきました。

 それからクリスマスの日に、妻と2人の女の子が下井草教会で洗礼を受けることになりました。この日私は、第七期十段戦七番勝負の第六局を大山名人と戦っていましたので、夕方に行われたこどもの洗礼式には出席することができませんでした。けれども、妻の洗礼式は深夜でしたので対局が終ってから駆けつけてゆっくり間にあいました。

 この日の夜は、ことのほか星が空に美しく輝いていました。妻にとってこの洗礼は生涯のよき思い出となると思います。

 私はこの時の対局で、棋士になってはじめての大変珍しいケースの劇的な逆転勝ちを収めました。この結果、勝負は三対三となり、最後の決戦が、新年の1月6,7の両日行われることになりました。

 こうして家族が受洗のお恵みをいただいてからはじめての年を迎えたのですが、この間にはまだ対局が残っているので、かなり緊張していたようです。

 第七局のはじまる前日、私は日曜日のミサに参加してから、家で聖アウグスティヌスの「信心生活」を読んで過ごしました。この本はマンテガッツア神父様から妻の受洗記念にいただいていたものです。

 これは聖アウグスティヌスの数多い著作の中でも、いわば花中の花といわれるものが集められたキリスト教的な人生論です。その序文の中で聖人は、「あなたは、何を、どれほど愛さねばならないかを聞いた。そこは、私たちがどうしても至らねばならない決勝点であり、あらゆる努力を払ってものにしなければならない目的である」と述べています。

 これは信仰に関してのすすめですが、この個所を読んだ時、私は仕事の上で大きなはげましを受けたような気がしました。

 第七局は幸いに私が勝ってはじめて十段位のタイトルを手にしました。大山名人にはこれまで9年間のうちに5度ほど七番勝負でぶつかっていますが、いずれも大山名人に巧妙な競技者ぶりを発揮されて敗れています。そんなわけで、この優勝は棋士生活の中で一番うれしいことでした。

 それからしばらくたって私は、下井草教会のヨゼフ会に入れていただきました。そこでほとんどがカトリック信者である会員の人たちと接しているうちに、自分もこんな人たちのようになるために早く洗礼を受けたいと思う気持が強まってきました。けれども実際には決断を欠いてしまって、ぐずぐずしていたのです。

 昭和45年の半ば頃になってから、白百合学園で聖アンナ会と聖ペトロ会を担当されていたマ・スールのルイズ様のご好意で、聖ペトロ会に入会させていただきました。聖ペトロ会は、上智大学で教えていらっしゃるイエズス会の河野神父様と時永神父様が講師となってくださっています。

 それからしばらくしての10月25日に妻と長男の堅信式が白柳大司教様の司式で行われました。その式の後でマンテガッツア神父様から「さあ、今度はパパの番ですね」といわれました。私はそこで即座に決心して、洗礼の準備のため神父様に要理の勉強をお願いしました。

 私と妻は以前、関町教会で内山神父様から親しく公教要理を習ったことがありました。けれどもその時は、もう一つ決断がつかなくて残念ながらも中断してしまっていました。

 そのようなこともあり、また一つには長男がときどき心配顔して「パパはいつ洗礼を受けるの?」と聞くものですから、真剣になって態度を決めようと思っていました。それで、神父様からお言葉をいただいたときに、すぐ決心したのです。

 そうして、クリスマスの夜に、私は神様のお恵みによって洗礼を授けられました。つづいて初聖体をいただきました。言語につくせぬ大きな感動を覚えて、私はただ感謝の気持ちでいっぱいでした。

 式が終ってから聖堂を出た時に、東木神父様がいらっしゃって、「生涯のよい思い出になりますよ。今度は他の人を導く番ですね」とおっしゃいました。私は、たしかにそうならなければ……と心中深く思いました。 それから教会や学校関係のたくさんの方々からお祝いの言葉をいただきました。私はこれまで信仰を持った人にあこがれていましたが、この日、この人たちが本当に信仰に生きておられるのだということをあらためて実感し、一層感銘を深くいたしました。

※聖母の騎士 1971年12月号より掲載

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